大波乱の令和時代、「平成くん、さようなら」を読んで感じたこと。
東日本大震災があった2011年は、それまで抱いていた色々な常識が覆った年でしたが、新型コロナが世界中に蔓延したり、テレビでよく見ていた人たちの突然の死を知ったりした今年も、一生忘れられない年になりそうです。
ところで今日、「ALSで苦しんでいる女性を安楽死させた」として、医者2名が逮捕されたという報道がありました。
(執筆2020年7月 今日、2021年8月15日に加筆した部分が最後にあります。)
そこでふとこの本を思い出しました。
マスメディアなどでも活躍している社会学者、古市憲寿さんが書いた「平成くん、さようなら」。
ネタバレはないですが、内容に触れる部分があります。
あらすじ
「安楽死」が合法化された日本。
偉大な漫画家の父の著作物の管理をしている愛と、平成を象徴する人物として、メディアなどで活躍してきた「平成(ひとなり)くん」は一緒に住んでいる。
お互い相手が大事な存在ではあるのだけど、世間でいう「恋人」とは少し違う関係。
何もかも順調にいっているように思えた「平成くん」が、安楽死する願望を持っているというのを知り、愛はとまどい、とめようとするが・・・
まず冒頭から、愛がAmazonで女性用バイブレーターを買うところから始まっていて、意表をつかれます。
優しいけど、性的な接触をしようとしない、どこか人に踏み込ませない、そして人の気持ちがわからない部分のある平成くん。
でも愛は平成くんが好きなので、なんとか安楽死を踏みとどまらせたいのです。
リアリティのある描写。そしてモデルになった人物は?
この小説の中で、実際にある番組名(たとえば「とくダネ!」「ボクらの時代」とか)や、ブランド名がこれでもか、というほど具体的に出てきます。
なので「平成くん」、私は作者の古市憲寿さんのイメージを重ねて読んでいたんですが、実はモデルがいるそうですね。
米津玄師さんとかDaigoさんとか言われていますが・・・
どうやらDaigoさんの線が濃厚のようです。
「安楽死」について
この小説の中では、安楽死が合法化されています。
もちろん「認められる理由があった場合」という条件はありますが、どんどん解釈が拡大されています。
そして日本は、「世界一安楽死しやすい国」として、世界中から死にたい人がやってくるというあたり、まるで整形のために韓国に行くみたいだなと思いました。
実際に今日報道されていた、ALS女性を安楽死させた医者が逮捕されたニュースですが、ALS患者の女性がツイッターで「安楽死したい」と書いたことから医者と繋がり、薬物を投与してもらい死にいたったそうです。
体が動かず、自分で死ぬこともできない・・・
お願いしてでも死にたいのに、それが殺人となるのか。
本当に難しい問題だと思います。
だけど、この本みたいに「止むを得ない事情があれば安楽死も選べる」となったら、それを利用して不幸な死もあるかもしれないですし・・・。
もし自分の大事な人だったら、やっぱり命尽きるまで生きて欲しいと思うのでは。
だけど、苦痛しかないなら、解放してあげたくもなるでしょうし。
どちらにしても、本人だけでなく周囲も悩むでしょうね。
ただ、安楽死についての議論は、もう避けて通れない時代になったとも思えます。
さて本に戻りますが、のちに明かされる平成くんの死にたい理由について、他の人の読んだ感想などを見ると「納得できない」「説得力がない」という人も多かったです。
平成くんの理由についてここでは書きませんが、この感想を読むと「死を選ぶには、それ相当な理由がいる」と思う人が大多数であるものの、周囲に「死に値する理由」じゃないと思われても、「死を選ぶ」人は一定数いるのではと思います。
私自身は、この本において極論を言えば、理由はそこまで重要ではないと思うのです。
彼のことを愛している恋人がいても、平成くんを踏みとどませられない。
淡々とした描写なのですが、結局人は孤独なんだ、と悲しく切ないのです。
どんなに近くにいても、人の心の中まではわからないですからね・・・。
順調にいっていると思われていた人の自死
そして実際に「人の心はわからない」を実感したニュースがありました。
ドラマや映画でひっぱりだこの大人気俳優の三浦春馬さんが、自死を選んだとして、世界中に衝撃が走ったのです。
走った・・というか、その衝撃は波紋のように広がったあと、今度は人々の心の奥底まで影響を及ぼしている感じがします。
三浦さんは以前、「僕のいた時間」でALSの主人公も演じていました。
難病を抱えても懸命に生きる演技に本当に感動したし、数年たっても忘れない心に残るドラマでした。
あのドラマで勇気付けられた人も多くいると思うんですが・・・
理由について家庭環境や仕事へのプレッシャー、激務など言われていますが、複合的だったのかもしれないし、結局本当のところは誰にもわからないですね。
衝動的に見えながらも、以前から覚悟をしていたようなエピソードも出てきていて、色々な人に愛されているにも関わらず自分の命をすっぱり断ち切る決断に、少しだけ「平成くん」を思い出しました。
三浦さんが絶望の果てに死に至ったかはわかりませんが、人々に与えた衝撃はすさまじく、彼と関わってきた人たちの心の傷は、相当深刻なのではと思います。
その衝撃を考えると、自ら死を選ぶというのは果たして本人だけの問題なのか?とまた考えてしまいました。
三浦春馬さんと親子役で共演した佐藤浩市さんのコメントで、
「今の状況を、皆が悲しんでいる姿を見て一番悔やんでいるのは春馬お前自身の筈だ、そうだろ。
だから俺たちはお前を反面教師にして絶対に自死を選んではいけないと叫んでいく、いいよなそれで」
という追悼の言葉が、心に響きました。
昭和のツケを払わされた平成?そして令和時代は
「平成」時代の象徴としてもてはやされてきた「平成(ひとなり)くん」。
平成が終わるから消えるの?
「時代を背負った人間は、必ず古くなっちゃうんだよ」、
という言葉や、
「平成」が「昭和」のツケを払い続けてきた
昭和とともに平成も終わらせないといけない
という、平成くんの言葉。
私は昭和生まれですが、第二次ベビーブーム世代&就職氷河期と、昭和の恩恵よりも、常に競争の厳しさを感じてきました。
確かに「昭和」が残した、日本の経済的な発展と国際的な地位の向上、医療の進歩でたくさんの国民の生活が底上げされましたが、負の遺産も多すぎるほどありますよね。
バブル崩壊、地下鉄サリン事件をはじめとするオウム真理教のテロ行為、巨大地震と津波、原発の爆発、放射性物質の流失、大規模停電・・・
と「あり得ない」と思っていたことが実際に起きたのが平成時代。
昭和で掴んだ多くの豊かさと同量の、負の遺産。
令和はどんな時代になるかと思っていたら、医療が進んだと思っていた今、突如新型ウィルスの蔓延、リモートワーク、今まで良かれとされてきたコミュニケーションの取り方がくつがえされる、など想像外のことがすすんでいます。
今までできたことができなくなって生き方も変えなくてはいけなかったり、影響を受けた職業など考えると、バブル崩壊以上の大波乱の時代かもしれません。
この本は結局何についての本なのか?
「時代」「安楽死」など、この小説には色々なテーマがありましたが、それでも一言でくくるなら「純愛小説」だと感じました。
時代とともにコミュニケーションの仕方も多様になり、生死、家族、恋人、友達の概念もどんどん変わっています。
でもどう変わっていっても、人の核になる部分は変わらない。
その示し方が変わったとしても。
遠出もできない連休中、興味ある人はぜひ読んでみてください。
補足(2021年8月15日)
この小説のモデルになったのでは?と言われていたDaigoさんですが、つい今週
生活保護の人たち、ホームレスの人たちの命はどうでもいい、それより猫の方が大事
というような内容をYoutubeに投稿し、大批判を受け、炎上してしまいました。
そのことについて今日の「ワイドナショー」に出演していた古市さんが、「それは僕からも謝ります」と擁護すると共に、そのような考えがおかしいと発言していました。
ですが、かなり親しいのは確かかもしれませんね。
そして私が読んだ時はハードカバーだったのですが、文春文庫から今年出版された丹地陽子さんによる装画が、ちょっとDaigoさんに似ているんですよね・・・。
まあともあれ、文庫になったことでさらに手にしやすくなったと思いますので、興味ある方は読んでみてはいかがかと思います。